阿蘇を少しと、神の窟の道 [ツーリング]
オートポリス横を抜けて、尾ノ岳横の峠を越えたら
阿蘇の範疇に入ってくる
県45(阿蘇公園菊池線)との分離地点
(菊池渓谷と粟田口の間、通行止は継続中)
西湯浦で右折、久々の県339(北外輪山大津線)
かぶと岩の展望所は、立ち入り禁止のまま
東屋があったのになぁ・・
じゃあ、ついでに、と少し進んで
「天空の道」入口
「現実的に復旧は困難」ということで、入口のふさぎ方は変わらず
西湯浦から二重峠までの間
じっくり外輪山から阿蘇を眺めるスポットが無い、というのは
非常に残念でならない
ということで、途中の草地あたりから
う~ん・・
素直に、北山レストランの所に移動
ちょうどお昼だから、かなり並んでた
「倍喰丼」を頂く訳ではなく、西湯浦園地展望所を目指す
といっても、大げさなものではなく、レストラン裏から見えているところ
北山レストランの阿蘇側は、デッキが作成されていた
シーズン過ぎたころなので、ヒゴタイは残りだけ
北山レストランから、すこし突きだした
展望所からの眺めはこんな感じ
内牧温泉あたりから良く見えるので、米の山と
外輪山の向こうに、九重連山
一通り堪能したので、もどる
展望所まで行かなくても、こんな感じで阿蘇が見えるから
ライダーのひと休憩にはいいところ
「倍喰丼」目的も多いでしょう
さて、リスタートして県45を西へ
今日の阿蘇はこれでおしまい
R212へ降りて
北上 小国にて一息
まだまだ暑い日だったので(9月中旬)、体を冷やす
さて、いつもならここからファームR経由の帰路選択なのだけど
本日はこっち、のR387を西行き
快適な熊本県側から、蜂の巣湖を越えるべく、湖畔の森に入って
大分県日田市
そして、朝通った大分県12との重複区間
という事で、本日2度めの通行を経て、こんどは曲がらずにR442単独区間へ
昼前に渡った川畑橋
旧中津江村を西へ
竹原峠登り口に差し掛かったところにある、鯛生(たいお)金山入口
は通過して、竹原トンネルへ向かう
県9(日田鹿本線)の合流点にあった案内板
「困難」だから、通れないことはないのかも?
ちなみに、旧道の竹原峠超えも、廃道とはならず共存しているが
通過するだけなら、通ることは、まずない
30年近く前
車で逆向きに旧竹原峠を越えた事があったけど
もしかしたら、旧道の雰囲気は変わってないかもしれない
その時は、工事中だったオートポリスを
「どんな場所か?」と思って見に行った道中だった
トンネル途中から福岡県
ちなみにこの峠「竹原」だけど、「たかはら」と読む
まちがえないように
って、つい最近知ったんだけどね(^^;
八女市側に入って、旧道側に有る集落への案内板
ん??
「たかわら」と表記されてる
国土交通省の文書に「たかはら」とルビがふってあるから
「たかはら」が今は正式なのだろう、決して「たけはら」ではないらしい
ひらがな表記で「たかはら」で
読みが「たかわら」と口語的になっているのかも知れない
R442を西へ
(旧道のガードレール?)
かっては、「八女郡矢部村」だったこのあたり
ここにも「老松天満宮」があった
山々を越えてはいるが
天瀬町出口(950年開基)前津江大野(1071年開基)大山町(1112年開基)
と一連つながりもあるのか?
なんて思いながら、福岡県57(八女香春線)へ右折
(青案内板の所がR442、右が矢部中学校)
少し入って、看板に従って左折
のぼっていくとあらわれた
『八女津媛神社:やめつひめじんじゃ』
「この地方に女神あり、名を八女津媛(やめつひめ)と言い常に山中にあり」
と日本書紀にある、その女神をまつった神社とされ
伝わるのは創建は719年とのこと
ここには、「神の窟」と呼ばれる、岩のせりだしの下の空間が有る
写真ではうまく表現できてないが
思わずうなるほど、その空間は不思議な感じがあった
神話的「仲哀天皇・神功皇后」のくだりに出てくる
香椎宮(福岡市東区)が724年
「あの山に住んでいるのはだれか?」と聞いたのが
景行(けいこう)天皇(仲哀天皇のおじいちゃん)とされるので
さらに古い話である
ご神木は、社殿より古い事が多いが
ここのは推定樹齢600年、と書いてあるから
ずいぶん後に植えられたのかも?(もしくは自然?)
さて、静寂が深いこの矢部村北屋部神窟という地を後にする
参道入口横にある(車道は別)「浮立(ふりゅう)記念館」が見えている
佐賀の富士町で「浮立の里記念館」を見たことがあったけど
五穀豊穣・無病息災などを祈念して奉納される、民族文化で
ここは、5年に一度行われるとのこと(次回は2019年11月第三日曜日予定)
R442にもどって、西進
日向神ダムを越え
(ハート岩)
旧黒木町で一息
ここに保存されている、蒸気機関車C11-61
1935年(昭和10年)製造
1945年(昭和20年)終戦の年末から、開通した矢部線で活躍
1974年(昭和49年)に廃車となった車両
wikiによると、C11型というのは、コンパクトで使い勝手がよく
有数の成功作品だったようで、かなりの台数が全国で保存されているようだ
この兄弟車両(64号機)は、京都鉄道博物館に
動態保存(動く状態)で存在
ちなみに、矢部線
その名が示すように、矢部迄
その先は鯛生を越えて、小国の宮原線とつながる構想だったらしいが
残念ながら矢部にさえ至らず
戦時中にもかかわらず完成していた路盤の、黒木までの運行で
1985年(昭和60年)まで走っていた路線
黒木町から、県70(田主丸黒木線)へスイッチ
上陽町に入って
県84(水間上陽線)につなぐ、この道はかなり久しぶり
少し山越えしたら
広川町に入り、あとは淡々と西進
「吉常交差点」
にあった、恋木神社の案内板
R3へ右折して、少し北上、広川ICから高速で17時の帰着
いつもは、通過してしまう場所あたりを
ちょっとだけゆっくり周った313kmだった。
阿蘇の範疇に入ってくる
県45(阿蘇公園菊池線)との分離地点
(菊池渓谷と粟田口の間、通行止は継続中)
西湯浦で右折、久々の県339(北外輪山大津線)
かぶと岩の展望所は、立ち入り禁止のまま
東屋があったのになぁ・・
じゃあ、ついでに、と少し進んで
「天空の道」入口
「現実的に復旧は困難」ということで、入口のふさぎ方は変わらず
西湯浦から二重峠までの間
じっくり外輪山から阿蘇を眺めるスポットが無い、というのは
非常に残念でならない
ということで、途中の草地あたりから
う~ん・・
素直に、北山レストランの所に移動
ちょうどお昼だから、かなり並んでた
「倍喰丼」を頂く訳ではなく、西湯浦園地展望所を目指す
といっても、大げさなものではなく、レストラン裏から見えているところ
北山レストランの阿蘇側は、デッキが作成されていた
シーズン過ぎたころなので、ヒゴタイは残りだけ
北山レストランから、すこし突きだした
展望所からの眺めはこんな感じ
内牧温泉あたりから良く見えるので、米の山と
外輪山の向こうに、九重連山
一通り堪能したので、もどる
展望所まで行かなくても、こんな感じで阿蘇が見えるから
ライダーのひと休憩にはいいところ
「倍喰丼」目的も多いでしょう
さて、リスタートして県45を西へ
今日の阿蘇はこれでおしまい
R212へ降りて
北上 小国にて一息
まだまだ暑い日だったので(9月中旬)、体を冷やす
さて、いつもならここからファームR経由の帰路選択なのだけど
本日はこっち、のR387を西行き
快適な熊本県側から、蜂の巣湖を越えるべく、湖畔の森に入って
大分県日田市
そして、朝通った大分県12との重複区間
という事で、本日2度めの通行を経て、こんどは曲がらずにR442単独区間へ
昼前に渡った川畑橋
旧中津江村を西へ
竹原峠登り口に差し掛かったところにある、鯛生(たいお)金山入口
は通過して、竹原トンネルへ向かう
県9(日田鹿本線)の合流点にあった案内板
「困難」だから、通れないことはないのかも?
ちなみに、旧道の竹原峠超えも、廃道とはならず共存しているが
通過するだけなら、通ることは、まずない
30年近く前
車で逆向きに旧竹原峠を越えた事があったけど
もしかしたら、旧道の雰囲気は変わってないかもしれない
その時は、工事中だったオートポリスを
「どんな場所か?」と思って見に行った道中だった
トンネル途中から福岡県
ちなみにこの峠「竹原」だけど、「たかはら」と読む
まちがえないように
って、つい最近知ったんだけどね(^^;
八女市側に入って、旧道側に有る集落への案内板
ん??
「たかわら」と表記されてる
国土交通省の文書に「たかはら」とルビがふってあるから
「たかはら」が今は正式なのだろう、決して「たけはら」ではないらしい
ひらがな表記で「たかはら」で
読みが「たかわら」と口語的になっているのかも知れない
R442を西へ
(旧道のガードレール?)
かっては、「八女郡矢部村」だったこのあたり
ここにも「老松天満宮」があった
山々を越えてはいるが
天瀬町出口(950年開基)前津江大野(1071年開基)大山町(1112年開基)
と一連つながりもあるのか?
なんて思いながら、福岡県57(八女香春線)へ右折
(青案内板の所がR442、右が矢部中学校)
少し入って、看板に従って左折
のぼっていくとあらわれた
『八女津媛神社:やめつひめじんじゃ』
「この地方に女神あり、名を八女津媛(やめつひめ)と言い常に山中にあり」
と日本書紀にある、その女神をまつった神社とされ
伝わるのは創建は719年とのこと
ここには、「神の窟」と呼ばれる、岩のせりだしの下の空間が有る
写真ではうまく表現できてないが
思わずうなるほど、その空間は不思議な感じがあった
神話的「仲哀天皇・神功皇后」のくだりに出てくる
香椎宮(福岡市東区)が724年
「あの山に住んでいるのはだれか?」と聞いたのが
景行(けいこう)天皇(仲哀天皇のおじいちゃん)とされるので
さらに古い話である
ご神木は、社殿より古い事が多いが
ここのは推定樹齢600年、と書いてあるから
ずいぶん後に植えられたのかも?(もしくは自然?)
さて、静寂が深いこの矢部村北屋部神窟という地を後にする
参道入口横にある(車道は別)「浮立(ふりゅう)記念館」が見えている
佐賀の富士町で「浮立の里記念館」を見たことがあったけど
五穀豊穣・無病息災などを祈念して奉納される、民族文化で
ここは、5年に一度行われるとのこと(次回は2019年11月第三日曜日予定)
R442にもどって、西進
日向神ダムを越え
(ハート岩)
旧黒木町で一息
ここに保存されている、蒸気機関車C11-61
1935年(昭和10年)製造
1945年(昭和20年)終戦の年末から、開通した矢部線で活躍
1974年(昭和49年)に廃車となった車両
wikiによると、C11型というのは、コンパクトで使い勝手がよく
有数の成功作品だったようで、かなりの台数が全国で保存されているようだ
この兄弟車両(64号機)は、京都鉄道博物館に
動態保存(動く状態)で存在
ちなみに、矢部線
その名が示すように、矢部迄
その先は鯛生を越えて、小国の宮原線とつながる構想だったらしいが
残念ながら矢部にさえ至らず
戦時中にもかかわらず完成していた路盤の、黒木までの運行で
1985年(昭和60年)まで走っていた路線
黒木町から、県70(田主丸黒木線)へスイッチ
上陽町に入って
県84(水間上陽線)につなぐ、この道はかなり久しぶり
少し山越えしたら
広川町に入り、あとは淡々と西進
「吉常交差点」
にあった、恋木神社の案内板
R3へ右折して、少し北上、広川ICから高速で17時の帰着
いつもは、通過してしまう場所あたりを
ちょっとだけゆっくり周った313kmだった。
読んでいただき、ありがとうございました!
そこまで来たらやっぱり阿蘇も見とかないとね!
かぶと岩展望所と天空の道から阿蘇が見れないのは本当に残念ですね。
最高の雲海ポイントだったのに・・・
by sadabouz (2017-11-15 18:35)
かぶと岩展望所も天空の道も規制されていますから
阿蘇谷を望むポイントは少ないですよね。
でも、少しづつではありますが着実に復興しています
ので、これからも熊本・阿蘇を楽しんでいただければ
幸いです。
by jimy (2017-11-16 09:40)
阿蘇から八女津媛さんとこまで
いっぱい走りましたね。
夏だと避暑コースにいいかも。
もうそろそろ阿蘇も寒くなるのでこっち方面は走り納めですね。
by 響 (2017-11-16 22:05)
☆sadabouzさん こんばんわ!
ちょろっとでも、阿蘇を見ると
いいツーリングした気になります
天空の道は一般農道だから無理があるにしても
かぶと岩展望所あたりの復活があると
うれしいんですけどねぇ
☆jimyさん こんばんわ!
やっぱり、大好きな阿蘇なので
復興の形があちこち見えるのは、うれしい限りです
まだまだ、楽しませてもらいます!
☆響さん こんばんわ!
県境をまたぐところは、枝道もいっぱいだし
エリアで遊んでも、一日まるっと遊べそう
平地でも一気に寒くなったから
山のほうは、もうそろそろ雪かも?
by T2 (2017-11-18 01:28)